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セキララライフ

ADHDでも強く生きる

メンヘラとブログの相性は良さそうに見えて、あんまり良くないよね

うつ病など精神疾患を抱えている人や
何らかの理由で引きこもってたりする人には

ブログを書くことをお勧めする!

そういったスタンスで書かれている記事を
僕は何度か目を通したことがあります。



ふむふむ
自分の考えを文字でしっかりと書くことで
アウトプットをしていくことが大切なのか。

なるほど
ブログで小遣い稼ぎ程度なら簡単にできるのか。


知識を得てブログを始めるぞ!
そう意気込んでは、やっぱりやめておこう。
今はタイミングが悪い。
ようやく一ヶ月前にこのブログを始めたところだ。


最初の頃はモチベも高かった。
三日坊主にはなるまいと意気込み
毎日更新を目標に頑張っていたのだが


メンヘラ人間には切っても切り離せない
『体調の波』

もうどうしようもないほど精神的にどん底になったり
肉体的にもすごく疲れやすくなったり
ブログにリソースなんて注げなくて
毎日の生活を送るだけに精一杯だった。

ブログを書かないといけない
と思ってしまうと
逆に心理的に抑圧されてしまう。


だからこういう点が
メンヘラ(本来あんまりこういう言い方はしたくないが)に
ブログが向いてないと思うのよね。


本当に辛くて苦しくて絶望に打ちひしがれ
自分自身を呪い続けているような時に
ブログなんて書けるわけないでしょ苦笑


だから実際に自分が辛かった、苦しかった
うつ病体験談的なもので振り返れる人間は
鬱が融解してある程度「まともに」社会生活が営めるようになってからじゃないのかなあ。


完全に自分の習慣になる前に離れてしまうと
一旦やめてしまうともう終わってしまうよね。

危うくこのブログを捨てて
体調が良くなってから心機一転新しいブログで
やり直そうという気持ちは多少あったんだけどね…



毎日ブログを書くことを目標にしていた。
だからと言って達成できなかった自分を
否定しているだけでは何も始まらないでしょ。


ブログを更新できなかった事実を受け止めて
一歩でも前に進めていけたらいいな
そう思い始めています。


ネタはいっぱいあっても
ブログに書くのが億劫になってしまってる。
少しづつ書きながら、慣れていきましょい。

ブログを書く体力がない

最近肉体的にも精神的にも落ち目で

全くといっていいほどブログを書く気力が出てこない。

 

世間のメンヘラブロガーはすごいですなあ

よくもまあそんなに毎日かけるものだと尊敬いたします。

 

 

画像も使わない、目次や段落分けもしない。

ただ単に文字をつらつらと書いていく

そんな個人的な日記でも書いている方がマシなんでしょうか。

 

やらないよりかはやったほうがマシの精神で行きましょうか。

やらない言い訳よりもやり続けることを求めて。

 

 

 

明日からネクタリンフラペチーノ、TEVANA(ティバーナ)が

発売ですよーと適当な宣伝をしておいて本日はおしまいです。

 

頑張って生きていきましょう。

読書感想文という名の害悪

お題「読書感想文」

読書感想文が大嫌いだった。

小学生の時に宿題として書かされる
読書感想文が何よりも嫌いだった。


どう思いましたか?
面白いと思いました。

何故ですか?
何故なんでしょうか...


小学生のときの僕は
自分が感じたこと考えたことを上手く言葉で表現することが出来なかった。
(今もできていない)

面白い小説を読んだとしても、
どこがどう面白いのか
面白い理由はなんだろうか
いや、そもそも面白いとはなんだ?


そんなことが頭の中でグルグルと回り続けて
鉛筆を持ったまま白紙の原稿用紙の前で固まり
放課後1人寂しく椅子に座っていた記憶が蘇る。


読書感想文だけでなく、
例えば遠足に行った感想文
何か演劇なり作品を鑑賞した時の感想文

その全てが書けなかった。


心の奥底では分かっていたのだろう。

感想文と言いながらも
自分の心の内が書けないことに
教師の思惑に則った文章しか書いてはいけない事に。


小学校教師が現代のこどもの読書感想文嫌い
ひいては読書嫌いなこどもを生み出す原因の一つではないか?


彼らは決まりきったお題目を好む。
『僕がこの本を読んで面白かったと思う点は
○○が○○して○○になった点に感動したからです。
僕もこれからは○○のようになりたいと思いました!』

こんな書き口の読書感想文が山のように出来上がってしまう。
どうして道徳的な決まりきった
子どもらしい(と大人が望みそうな)未来に夢溢れた
感想文しか認めないのだろうか。


感じたことを本当にそのまま書かせてあげれはいいのに。

こどもならではの独特の着眼点から
物語の新たな発見を得られることもあるだろうし

その子どもの考え方が特殊だったとしても
個性の一つとして見てあげる事が
教師という人間の役割では無いのだろうか。



僕は読書感想文が嫌いだった。
文章を書くこと自体が嫌いになっていた。


大学生になってレポートを書き始め
最近になってブログを始めて
文章を、自らの手で作り上げることの難しさを知った。


だが、それ以上に書いてみて
楽しさも少なからず感じていた。



読書感想文が、嫌いだった。
だから自分は文章や感想を書くことは向いていない
そうはやとちりしてしまう人はなんともったいないことか。


ブログじゃなくてもいい
Twitterや、Facebookじゃなくてもいい

自分が感じたこと、考えたことを
心の奥底から突き動かされるままに
筆を取り、書き綴っていくこと


体験してみないと分からない
そんな不思議な達成感が得られることに違いないです。




お題スロット『読書感想文』について

でした。










Peace